古いものよりも新しいものが好きという感覚は至極当然だし、私も古いものよりも新しいものをプレゼントされると嬉しいです。
だけどそれが、元々欲しくて欲しくて必死に働いて買ったものだったら…?
自分の手元に来てから今まで、一緒にたくさんの経験を乗り越えてきたものだったら…?
購入当初や人からもらったとき、すごく大切な思い出のあるものだったら…
あなたの目には「古いもの」はどんな風に映るでしょうか。
カフェで見かけた、美しい「古いもの」
ある日カフェでふと、目の前の席に座られた方の手帳が目につき、思わず目で追ってしまったんです。
革のカバー付きの手帳で、革特有の経年変化した色合い、そして小さな傷がついていました。
長年使い込まれた見た目で、その方がとても丁寧に扱われていたのできっとそうやって大切に使ってこられたんだろうなと思い、思わずトキメキを感じてしまいました。
私はその手帳が欲しいわけではないけれど、なぜか羨ましいような憧れのような、そんな気持ちになったのを覚えています。
街ですれ違った人のボロボロのファミリアのバッグ
別の日に町で歩いているとお子さんを連れたママさんがファミリアの青チェックのトートバッグを持っていたんですね。
そのバッグは色褪せて角が擦り切れていて、パッと見ただけでもわかるくらいに使い込まれていました。
それを見た時に私はカフェで使い古された革の手帳を見かけた時の感情の正体がわかった気がしました。
「あぁ、あのバッグは隣にいるお子さんがもっともっと小さい時から、公園に行く日も病院に行く日もずっとママと一緒にお子さんの成長を見届けてきたんだろうなぁ」と、
「モノと辿ってきた歴史があり、その思い出込みで大切にできるものがあること」への羨ましさや憧れを感じたんです。
モノの寿命は愛着が決めるのかもしれない
人から見てボロボロのものでも、持ち主が「愛着」を持っていれば使い続けますよね。
何十年と使うことができる革製品でも、愛着がなければ1年でゴミになります。
「素材の寿命」と「愛情の寿命」は異なる
革製品は世間一般的にも、「エイジング」という言葉があるように「使い、育てていくもの」という認識があると思うんですが、
今回見かけたファミリアのバッグは綿でできているものなので、本来革ほど長持ちする素材ではありません。
なので「素材の寿命」としてみると、革よりも早く寿命が来ることになるはずです。
しかし町で見かけたママさんは素材の寿命を超えても使い続けているように見えました。
ママさんにとって「愛情の寿命」がまだまだ続いていたからなのだと思います。
その姿が私には本当にかっこよくて素敵で、どんな鞄よりもオシャレに見えたんですよね。
「劣化」を「記録(記憶)」と捉える
私の個人的な話ですが結婚指輪を買いに行った時、店員さんが指輪のメンテナンスの保証について説明されていた時に、
「傷は磨けば綺麗な指輪に戻りますが、傷を二人の思い出や軌跡として楽しんでいただくのも一つですね」とおっしゃられたんです。
傷を「劣化」ではなく「記録(記憶)」と捉える… 素敵すぎる!!と思いました。
指輪に限った話ではなく、靴や時計などの身につけるものから水筒などの日用品にも言えることなんじゃないかなと思いました。
とはいえ、買うときに適当に選んだものに同じように愛着が湧くのか?と聞かれればおそらく答えはNoだと思いますよね。
買う時の『好き!』がモノの寿命を決めるかも?
最初は好きではなかったけれど使っていくうちに愛着が湧いてきたというパターンもあると思いますが、やはり心から好きで買ったモノでなければ愛着は湧きにくいと思うんですよね。
お買い物の時の『好き!』という気持ちが、モノの寿命を左右する大きな要因だったりするかもしれません。
だからこそ、私はこれからも一緒に過ごしていくうつわや日用品を、効率や値段だけでなく心から愛せるかどうかで選びたい、
自分の子供にも、長くモノを大切に使う姿を見せていきたいと思うのです。
最後に
もちろん何でもかんでも所有しているものは全て擦り切れるまで使えばいいとは思っておらず、
「使い捨て」は忙しい生活の味方だし、それで日々の負担が減ったり精神が保たれるならどんどん利用するべきとも思っています。
ただ、そんな生活の中でも何か一つでも思い出が詰まったものや大事にしたいものがあり、それを長く大切に使っていく姿にかっこよさや憧れを感じた、という私の経験からのお話でした^^
皆さんもぜひ、次に何かお買い物をするとき『好き!』の気持ちを大切にしてみてください。
傷がついても愛せるかどうか?を考えてみたり、お買い物するときのモチベーション(きっかけや想い)を考えながらショッピングしてみてください♡

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